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伝わるまで伝えるということ。

問題になること、解決したいことがあるとき
表面的な解決だけが見られがちで根本的本質的解決が置き去りで
結局うまくいかない、ということがよくある、と思う。
 
 
 なのだけど
根本的本質的とかおいといて
そもそも伝えようとしてないことが多いから
(伝えてるつもりでも伝わっていないから)
解決されない改善されないのじゃない?と思う。
 
 
こんなことに困ってる。
これ問題なんだけど!
って思っても
 
こうなったらいいなぁ。
こういうのがほしいなぁ。
と思っても
 
思ってるだけじゃ伝わらないからね。
 
 
言ってるよ、動いてるよ、っていう人もいるだろうけど
解決してほしいなら解決できる人に
何かつくってほしいならつくれる人に
その思ってることが届かないと「伝わる」ことにならないんだ。
 
 
こんなにみんな問題に思ってるのに
こんなにまわりで盛り上がってるのに
って言ったって
自分のまわりの「みんな」「まわり」なんてすごく小さいのだから
 
そこで話が終わっちゃったり
そこで解決されたり工夫されたりしてしまうと
そのまま問題だとか必要だとかいう認識が広がらずに終わってしまう。
問題だろう必要だろうとなんとなくは伝わっても
その逼迫さがわからないまま終わってしまう。
 
 
 
そんなに必死に伝えなくてもわかってくれたっていいじゃん、
というのもわかるし
仕事としてしくみとしてやることならわかるべきでしょう、
というのもあるとは思うけども
 
立ち位置が違ったりしたら見えないものは見えないのだから
見えるようにしないと気づかない、というのは事実なので
変えたいなら気づいてて知らせたい側が伝えないとしょうがないじゃん。
 
なんでわかってくれないの、ではなくて
わからないならわかるように仕向けないと、という話。
(不満を言うことがだめではないけども、それでは変わらないだけ)
 
わかってもらえて当然だと思ってたら伝わらないし
なんとなく伝わるよねーくらいではあまり伝わらないので
伝えてみて、伝わらないならまた伝わるように考えて伝えてみて、
それを繰り返していくしかないよね。
 
 
これは
社会の話だけでなくて
組織でもチームでも家族でもなんでもだよね?
 
伝えるだけ伝えないと伝わらないし
伝わるように伝えないと届かないよ。
 
 
だから
どうせ無理とかすぐ変わらないとか思わないで
思うことがあるなら届けようとする方がいい。
 
届ける相手がわからないならとりあえずたくさん発信したらいい。
何回も伝えてるうちに同じ思いの人見つかったりして波が大きくなっていくし
あちこちで伝えてたらいつか届くべき相手に届いていくから。
 
 
どんなでも自分のやりやすい方法でいいから
世の中にでも身内にでも言いたいこと伝えてみたらいいと思う。
自分のやり方でいいんだから簡単じゃない?