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正しい理論を伝えるだけでは人は動かない。

 昨日の新聞にこんな記事がありました。

(Webだと日本経済新聞。)

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まぁ、内容はよく聞くような話。

 

人口が減っている、出生率も上がらない、このままでは経済が悪化する、

だから出生率あげることや、女性が働き手になることが必要になる、 というような。

 

 

こういう話、このような論議を見るたびに

そのとおりだよね、とは思うものの、もやっとするのですよね…

 

人口や出生率については、事実を述べているだけなのだし、

その事実から推測して、経済に打撃ということも、正しい推測、事実に近いこと、なのだと思う。

対策としてあげられていることも、理論的に正しいこと、なのだとは思う。

 

 

なのだけど、

こんな風に言われて、

じゃあ子供産まないとね、って思う?

じゃあ仕事したくなくても働き手にならなきゃね、って思う?

 

こういう言い方だと
国として困るから、そうならないようにがんばらないと、と言われているように感じられないかなぁ。

国のためにがんばってね、と見えてしまう。

もちろん、国のためが、その国民のためにもなるわけでもあるけども。

 

だけど、

今よりも経済状況悪くなると言われて、今よりも働く人の負荷が高くなると言われて、

大変になる、苦労する、のが見えたときに

育てるのが大変、子育てと仕事の両立も必須になって大変、育てても子供が苦労する、とわかってて

子供産もうと思っていなかった人が、子供産もうかな、となりにくいだろう。

子供産むの、ためらってしまうのではない?

(もともと子供ほしい人でもためらうかもね?)

 

正しいと思われるからと言って、

対策案が人の気持ちを動かさなければ、対策にはならないと思うのだ。

 

 

ニュースだから、事実を伝えるものだし、

ニュースを受けた討論番組や特集などでも同様に

事実と、事実に基づく推測と正しい(はずの)理論と、が並べられるのは普通なのだけど

だからと言って

事実や正しい理論が人の気持ちを決めたり人を動かすわけではない。

 

これはニュースの話だけども

「事実や正しい理論」で人を動かそう、とするシーンは、仕事や日常でもよく見られることだと思う。

指示命令として、そうやって人を動かすのは、確かにできるのだけども

それは強制力が外れたら動かなくなりがちで、続きにくい動かし方だよね。

 

どうやったら、動きたい気持ちになるのか?を考えて

「動きたくなる伝え方」で、強制力なく自分から動いてもらうのが続く方法だと思うし

そういう伝え方がさらっとできるように普段から工夫していきたいと思う。